手
「僕は好きな子と手をつなげるだけで、幸せだと思うよ」
目の前にいるアイドルは真面目な顔で言った。
小学生みたいなこと言ってる。
冗談だとしてもおもしろくなさすぎる。
「剛は昔からかたいよねぇ」
私をこの場に連れてきた友人が言った。
なんでも、このアイドル…堂本剛とは小学生のころからの友達らしい。
嘘みたいな話だ。
問題は、なぜこのアイドルと私まで一緒にカラオケにいるかだ。
そもそも、今日、会うまで友人が堂本剛と知り合いだということすら知らなかった。
男と別れた私に「いい人紹介してあげようか?」なんて言ってきた。
どうせ暇だからオッケーしたんだけど、まさかね。
予想外、なんてものじゃない。
アイドルに興味ない私でも知ってるアイドル。
なんでそんな有名人が私たちと一緒にカラオケの一室にいるの?
わけわかんない。
驚いたわよ。
オーラのなさに。
一般人と同じじゃない。
「本当に愛し合っとったらそれだけで気持ち伝わると思うんや。さんはどう思う?」
とても答えられなかった。
考え方が違いすぎる。
もう会うこともないだろうし。
堂本剛について分かったことは、彼が気弱で人見知りだってことくらい。
ギラギラしてなくて、慢ってなくて。
確かに「いい人」かもしれないけど、それだけ。
「さん、俺のこと嫌いなん?」
小さく、堂本剛が言った。
「別に、そんなことない」
嫌いなんかじゃない。
興味はないけど。
「私、ちょっとトイレに行ってくる」
友人が部屋から出ていく。
おかげで、会話もない。
「あんね、無理せんでええんよ」
何言ってるの、この人。
「あいつね、さんが落ち込んどるからって僕に会わせたい言うてん。僕もな、さんが元気になってくれるんならええと思ったんや」
何?
私のこと知ってるの?
あの子に聞いたの?
中途半端な同情はやめてよ。
私のこと、何も知らないくせに。
「やけど、僕のせいでさんが元気になるの邪魔しとるんやったら、帰るし」
そんな傷ついたような顔で言わないでよ。
私が悪いみたいじゃない。
別に、堂本剛は悪くないから。
「無理せんとって。きっと、素直に泣いたりしたほうが元気になるの早いと思うで」
「どうして?」
「ん?」
「何で堂本くん、そんなこと言うの?」
堂本剛はよくわかんないって顔で私を見てる。
「そんな顔で、そんなこと言わないでよ。同情なんかやめてよ。私のこと、何も知らないくせに、分かったようなことっ」
怒鳴ってしまった。
そんなつもりじゃなかった。
「ごめん」
謝らないでよ。
あなたは何も悪くないのに。
分かってる。
人は分かり合えないんだって、彼と別れたことなんてたいしたことないなんて、嘘だよ。
本当は、彼と分かり合いたくて、誰よりも愛してて、今でも会たくて。
八つ当りだよね。
「でもさ、僕、同情しとるつもりないから」
え?
「なんかさん、辛そうに見えたから。本当に、僕にできることなら何でもええからしたい思ったんや」
言いながら私に近づいて、ゆっくり私の頬に指先を触れた。
払い除けることもできた。
拒絶の態度を取ればこの人は途中でその手を止めただろう。
だけと。
「泣いても、ええんよ?」
隣で、堂本剛は微笑んでいた。
手を広げて、微笑んでいた。
私は、吸い込まれるように、その腕に抱かれて泣いた。
そこは、あったかくて。
彼といた時にはなかったものがたくさんあった。
とても、暖かかった。
いつのまにか、友達も帰ってきていて、隣に座っていた。
どのくらいの時間が経ったのか、よく分からない。
「ありがとう」
顔を上げた私は、二人に笑った。
「よかった。いつものに戻ってる」
友達にそんなこと言われた。
「よかったね、剛」
は?
「な!?いきなり何言うねん!?」
堂本剛、激しく動揺。
何で?
「え?告白したんでしょ?」
「はいっ!?」
「何でそうなるんっ!?」
堂本剛、大慌て。
って、何がどうなってんの?
「あ、あんな、さん。僕、一目惚れっちゅーんかな。好きやねん」
は?
「今日好きになったんやない。前からやねん。なら、一目惚れちゃうか。僕、前からずっとさんのことが好きやねん」
訳が分からないんですけど。
冗談だよね?
「。剛ね、私と一緒に写った写真見て、のこと気になりはじめてたらしいの」
そんなこと言われても、私はどうすればいいのよ?
…冗談キツイよ。
「私、帰る」
もう、我慢できない。
意味が分からない。
これは、悪夢?
「!?」
何なの?
何なの?
分からない。
嘘でしょ?
冗談キツイわよ。
何がどうなってるの?
私が彼氏と別れて、気晴らしに誘われて、堂本剛がいて、告白された?
告白?
「さんっ!」
振り返ると、堂本剛がいた。
「追いかけてきたの?」
息を切らして彼はこっちを見てる。
「嫌な思いさせたんならごめん。初めてあったのに、僕、抱きしめたりして…」
思い出す。
そうだ。
私は、この人の腕の中でさっき泣いていた。
弱いところを見せたんだ。
彼氏にだって見せたことなかったような姿を。
「わざわざ謝りに来たの?」
「あ…、僕…」
正直な人なんだと、思った。
嘘がつけない人のかなって。
「後悔したく、ないから」
うつむいて言った。
「後悔?何を?」
「きっと、今、さんと別れたら、二度と会ってくれないんだろうなって思うて」
図星。
今日のことは、夢と思って忘れるつもりでいた。
「ちゃんと言ってないから。僕、せめて、ちゃんと告白だけはしたかってん」
堂本剛が顔を上げた。
さっきまでの目と違った。
「さんが、好きや」
しっかりと、言った。
目の前にいる彼が、言った。
何も言えない。
何故だろう。
さっきまでの状況を嫌がってたのは確かに私なんだけど。
断ることを、口が拒否する。
逃げることを、足が拒否する。
「さん…?」
動けない。
動けない。
動けないよ。
目の前にいる彼は、一歩一歩私に近づいた。
「さん?…泣いてるの?」
泣いてる?
私が?
頬に、温かい手が触れた。
何故だろう。
その手が触れた瞬間、堰を切ったように涙が溢れた。
一人で立っていられないくらい、感情が溢れた。
温かかった。
彼は、とても温かかった。
そして、声が聞こえた。
『僕は好きな子と手をつなげるだけで、幸せだと思うよ』
『本当に愛し合っとったらそれだけで気持ち伝わると思うんや』
この人の言った言葉。
私が信じられなかった言葉。
だけど。
もしかして。
今、この瞬間が。
この暖かさが、彼の思いなのだろうか?
ここにいたい。
ここにいたいと、思った。
それが、何を意味するのか分からないけど。
どんな感情なのか分からないけど。
彼の側にいられたら、幸せになれる気がした。
「大丈夫?」
温かい言葉。
「あの、ね」
「ん?」
伝えよう。
今の、この気持ちを。
きっと、この人なら受け止めてくれるから。
あとがき
はい、初のキンキです。っていうか、堂本剛です。
謎だ。謎過ぎる。それもこれも書いた時期がまちまちなせいですかね?(え