雨の夜と月曜日には
「うわー。すげー雨降ってるぜ!」
剛の声に、窓の外を見る。
土砂降りの曇り空。
都内のネオンでさえ、霞んででしまうほど。
「あ、せっかく予定より早く終わったんだし、久しぶりに6人でメシに行かない?」
長野が名刺の束を取り出しながら言う。
相変わらずだな、コイツ。
「いいねー!長野くんの紹介する店は確実に美味しいからねー」
井ノ原が名刺をあさり始める。
「俺、和食が良い!」
健が叫ぶ。
「ここ、いいんじゃないか?」
井ノ原が名刺を何枚か岡田に渡す。
「俺はここが好きだな」
岡田がさらに長野に渡す。
「そうだね。ここは美味しいし、くつろげるかも」
「決定だな」
剛が長野の持つ名刺をのぞき込みながら言う。
「あれ?今日何曜日だっけ?」
長野が言った。
「えーと。何曜日だっけ。何でそんなこと聞くの?」
「それはね、お店には定休日というモノが存在するからだよ」
「なるほどぉ!」
健が力一杯うなずいている。
「今日は月曜だよ」
携帯を片手に岡田。
「じゃぁ、開いてるな」
「よかったぁ」
メンバーがわいわいやっているのを視界の端に入れながら、俺はまだ窓の外を見ていた。
「坂本くんは?どうする?」
突然、岡田が聞いてきた。
「あ、ごめん。俺、今日はパスしとく」
「はぁ?何で?」
剛がこっちを見る。
「そっか。坂本くん疲れてるみたいだし、早く帰って休んだ方が良いかもね」
井ノ原が言ってくれた。
「悪いな」
「仕方ないよ。オジイチャンだし」
「岡田っ!」
コイツ、人が気にしてることを…!!!
「まぁまぁ、坂本くん落ち着いて」
長野に止められた。
「…俺、帰るわ」
「あ、うん」
健が寂しそうな顔をしてる。
ごめんな。
一人になりたいんだ。
そういう、気分なんだ。
雨の夜。
月曜日。
どうしてだろう。
懐かしい気持ちになる。
今日は早く部屋に帰ろう。
今日は一人きりで、のことを思い出そう。
テレビでも付けていれば、きっと、寂しくはならない。
でも、こうして街を歩くのも久しぶりな気がする。
と別れてから、外に出かけなくなった。
仕事が忙しいのもあるけど。
きっと、それだけじゃない。
そういえば、と一緒に歩いていた時は、今よりゆっくり歩いていたかな。
あの頃より、急ぎ足だ。
ただ、目的地に向かうだけだからだろう。
あの頃は、と少しでも長く一緒にいたかった。
それから、の方が俺より歩くのが少し遅かった。
ただ、歩いているだけでも、のこと、たくさん思い出すよ。
きっと、雨が降っているから。
きっと、月曜日だから。
俺たちは、週末に会うのが決まりみたいになってた。
の休日が週末だったから。
俺の仕事は不定期だから、会えない時もあったけど。
それでも、週末だけは、と会うためにスケジュールを調整した。
いつだったっけ。
仕事のせいで週末、会えなくて。
それでも、に会いたくて。
仕事が急になくなったから、どうしても会いたくなって、月曜なのにに会いに行った。
土砂降りの雨の中。
会いたくて、会いたくて。
駆けだしたんだ。
傘さえ持たずに、が居るはずの場所まで。
あんなに走ったことなんてないよ。
を見つけた時の喜びは、言葉に出来ないよ。
ずっと走ってきて、疲れているはずなのに、加速してた気がする。
愛の力ってやつかな?
なんてね。
俺がいるのを見つけたは、驚いた顔をしていたね。
だけど、すぐに笑顔に変わって。
俺も嬉しかったけど、も嬉しそうだったよね。
傘を持っていたのに、は、そのまま雨の中に飛び出して。
ふたりでびしょぬれになった。
服が濡れていて気持ち悪いくらいべっとりくっついて、水を吸って重くなっていた。
それなのに、二人とも笑っていたよね。
楽しかったよね。
雨が気持ちいいって、本気で思えたよね。
あの日、俺達は、すっと、二人が一緒にいるんだって、信じて疑わなかったよね。
そんな気持ちをが、変わらないって信じていたよね。
なぜだろう。
今、に呼ばれた気がした。
俺は、何をしているんだ?
交差点の真ん中で立ち止まって。
ああ、そうか。
この交差点。
徒一緒に歩いたことがあるんだ。
人が多くて、は、交差点の中で俺を見失って。
俺は、それに気づかなくて。
『まーくん!』っていう叫び声とともに現れた。
涙目だったね。
あの時、は、俺に二度と会えなくなるんじゃないかって、不安になったって言ってたね。
俺は笑い飛ばしたけれど。
結局、離れてしまった。
ずっと、一緒にいるんだって思ってたのに。
こうして、一人で道を歩いている自分が、信じがたい未来だった。
だけど、これが現実なんだ。
俺の部屋から見える窓の外の景色は、あの日、びしょぬれで笑いながらと帰ってきた時と変わらない。
ビールを片手に、テレビを付けたままで窓の外を眺める。
何も変わっていない。
ただ、変わってしまったのは、俺とで。
『ありがとう』って、一言、言えばよかった。
どうせ、また、すぐに会えるんだって信じていたから。
本当に、終わりだなんて、思っていなかったから。
俺は、言わなかった。
いや、言えなかった。
あの時は、信じられなくて。
本当にと別れるなんて、あり得ないって。
ただ、そんなのは、その時の感情でしかなくて。
楽しかった時間は、夢のように通り過ぎて。
二人に戻ることはなくて。
時がたてば、別れてしまうなら。
に、『ありがとう』って。
一言、言えば良かったのに。
今更、遅いよな。
だけど、あの頃の俺達は、世界で一番幸せだった。
俺は、いつまでも覚えている。
一番、が素敵だった頃にきっと出会えたんだって。
だから、今はもう、悲しくなんかない。
あの頃みたいに、一番眩しかった頃のように走りたいんだ。
だから、悲しまないで受け止めるよ。
が、俺の心で色褪せないでいることを。
今更だけど、には届かないけど、『さよなら』って言いたい。
言わせてくれ。
初めて、誰かのこと、本気で好きになれたんだ。
それが、だった。
もう、恋人同士には戻れないけど。
それで良いと思うんだ。
いつか何処かで、また会えるといいのに。
きっと、今度は、友達になれる。
誰よりも大切で、誰よりも理解し合える。
なんて、未練たらしいのかな、俺。
外は雨。
土砂降り。
俺の部屋。
片手に空のビール缶。
いつの間にか番組が変わっているテレビ。
雨の夜と、月曜日には。
どうしてだろう。
懐かしい気持ちになる。
のことを思い出して。
のことばかり考えて。
今日が終わるまで、あと15分。
土砂降りの月曜日が終わるまで、あと15分。
俺はただ、逆らう術もなく。
こんな気持ちが降り止むのを待っている。