Accident



「ねぇ、ちゃん。だったらココでバイトしない?」
 たまたま友人と入ったバーで、アルバイトをさせて貰えることになった。
 二つ返事で了承したあの頃の私は、この店がどんなに凄いところかなんて、ちっとも知らなかった。

 そう。
 それは、偶然。
「ねぇねぇ!こんなとこにバーがあるよ!」
 そう言ってはしゃぐ友人。
「なんかさ、『Dahlia』ってすごい名前可愛くない?」
「そうだね」
「ちょっと行ってみようよ」
「え!?」
 思いつきで行動できる友人を、凄いと思う。
 私には出来ないもの。
「でも、バーって高いんじゃないの?」
「平気平気!一杯くらいなんとかなるって!」
 その日、私の財布の中身は5000円を切っていた。
 友人なんて、3000円程度しか持ってなくて。
 ホント、高かったらどうするつもりだったんだろう。
「いらっしゃいませ」
 扉を開けて一番始めに聞こえたのは女の人の声だった。
 カウンターの中に二人。
 どちらも女性。
「お二人さんですか?」
 にっこり笑いかけてくれた女性は関西なイントネーションだった。
「はい♪」
 物怖じしない友人はズカズカ店内へ。
 引きずられるようにして私はついて入った。
 入り口からはわからなかったけど、カウンターに座る時ダーツバーだと気づいた。
 時間が早いせいか、その日は偶然他のお客さんに会うことはなかった。
「いらっしゃいませ。お二人とも、はじめてですよね?」
 カウンターの奥の方にいた女性が話しかけてきてくれた。
「はいっ」
 元気いっぱいな返事をした友人。
「おおきに。何か飲まれます?」
 バーテンさんの言葉に私は不安が戻ってきた。
 お金、大丈夫かなって。
「えっと……」
 さすがの友人も少し不安になったらしくて。
 店の中を見渡しても料金表とか何もなかった。
「もしかして、予算の心配?」
 奥の女性が微笑んだ。
「あ、はい……」
 反射的に呟いた。
 だって、心配だったから。
「うちはそんな高くないけど……。差し支えなかったら予算どれ位か教えてくれへんかな?」
 思わず黙り込んじゃう二人。
 私は、5000円持ってたけど、生活費考えたらせいぜい1000円くらいしか出せないし。
 3000円しか持ってない人が何を考えてたかなんて知らないけど。
「よし。じゃぁ、おごっちゃおう」
 私は、耳を疑った。
「キキョウさん!?」
 それは、バーテンさんもだったらしく。
「そのかわり、私の話し相手をして貰いますからね」
 猶も笑顔を絶やさない”キキョウ”さん。
「分かりました。よかったなぁ、今日はタダやて。何がええ?」
 キキョウさんの言葉を聞いて諦めたようにバーテンさんがコチラに話を振る。
「いいんですか?」
 さすがの友人も気後れしたらしく……。
「あら?人の親切は受け取っておくものよ?」
 キキョウさんは、何故か絶対的な気がした。
 強制とは違う、安心して言われたとおりに出来る感じ。
「じゃぁ、私、チャイナブルーを」
 私の知っている数少ないカクテルを言ってみた。
「私は……ビールって、あるのかな?」
 友人は自信なさげに言った。
「あるよ」
 バーテンさんが微笑んだ。
「じゃぁ、アザミちゃんはカクテルをお願いね」
「わかりました」
 二人は手際よくお酒を用意してくれて。
 私と友人はその光景に見とれてた。
 目の前でお酒を作ってもらった事なんてなかったし。
「はい、どうぞ」
 目の前に、お酒が於かれる。
「「いただきます」」
 優しいキキョウさんに感謝しつつ、口を付けた。
 今まで飲んだどのチャイナブルーより美味しかった。
「ねぇ、どうしてチャイナブルーなの?」
 キキョウさんが私に話しかけてきた。
 もちろん、知ってるカクテルがほとんど無いなんて、恥ずかしくて言えなかった。
「色が、好きなんです」
 目の前に置かれたチャイナブルーは、澄んだ空みたいな深い色をしていた。
「青が好きなの?」
 キキョウさんは、優しい目をしていた。
「はい」
「この子、空が好きなんですよ」
 私が答えると、友人がすかさず言った。
「へぇ!そうなん?」
 アザミさんが聞き返した。
「そうなんですよ!いつも空の絵ばかり描いて。あ、この子って言うんですけど、美術関係の専門学校通ってるんですよ」
 はじまった。
 友人は、喋り出すと止まらない質だったりして。
「あとは海の絵とかも書いてるかな。でも、画材とかってメチャクチャ高いんですよ!私、この前一緒に買いに行ってびっくりしちゃった」
「高いんか?それは難儀やなぁ」
 アザミさんが同情してくれる。
「だけど、ってば仕送り少ないらしくて、あんまり画材を買えないんですよ」
 思い切り、私の暴露大会と化していってる気が……。
「バイトは?やっぱ、足りへんの?」
 アザミさんが言った。
「いえ、バイトはしてないんです」
 今度は、私が答えた。
「なんで?」
 不思議そうにアザミさんが言った。
「海も空も、昼間しか見れないから……。太陽の昇っている間は、絵を描いていたいんです」
「なるほどな。せやけど、そしたら夜働けば……って、夜はえぇ仕事ないなぁ」
 アザミさんが苦笑いをする。
「前はコンビニで働いてたんですけど、お店の方針で夜は危ないから男性しかシフト入れて貰えなくなって」
 やっぱり、絵を描く時間を削って昼間のバイト探さないといけないかな……。
「ねぇ、ちゃん。だったらココでバイトしない?」
「え?」
 一瞬、耳を疑った。
 だけど、確かにキキョウさんが口にしたのだ。
「うち、今はあなたたちしかお客さんいないけど、多い時は二人じゃ手が足りなくて。丁度アルバイトを募集しようと思ってたところなのよ」
 キキョウさんの横でアザミさんもうなずいていた。
「まぁ、仕事言うても買い出しとか掃除とかウエイトレスみたいなこととか……雑用なんやけどな」
 アザミさんが声を上げて笑う。
「いいんですか?」
 俄には信じられなくて。
「働いて貰えると助かるんだけど、どうかしら?」
 キキョウさんはにっこり笑った。
「いい話じゃない!ね?!」
 友人はまるで自分のことように喜んでくれて。
「お願いします!」
 断る理由なんて無かった。
「嬉しいわ。じゃぁ、明日履歴書を書いてきて貰っても良いかしら?」
 キキョウさんと握手をして、その日は別れた。

「やった!勝った!!」
 子供のようにはしゃぐ三宅くん。
「何で俺が負けるんだよ!?ぜってーインチキだ!もう一回勝負しろ!」
 子供のように駄々をこねる森田くん。
「元気だねぇ」
 子供を見守る親のような長野くん。
 ……あの頃は。
 この店がどんなに凄いところか、ちっとも知らなかった。
 私なんかが働いて良いのか未だに分からない。
 ここは。
 現役アイドルが集う店。
 もちろん、普通のお客さんもいるけど。
 でも、ジャニーズがこう頻繁にくる店なんて他にあるの?
ちゃん、もう1ゲームね!」
「あ!はいっ!」
 森田くんの声で仕事に戻る。
 ダーツの管理は私の分担だから。