Bacchus
AM2:30。
店にはも従業員しかいなかった。
5分ほど前に二人組の男性が帰って以降、ドアは沈黙を保っていた。
「キキョウさん、今日はもう閉店ですかね」
アザミが先ほど帰った客のグラスを片づけながら言った。
「そうね。ちゃん、ホールのお掃除頼んでいいかしら?」
「はいっ!」
元気よく返事をする。
カウンターテーブルを拭く手を止める。
「あ、これ終わったらでいいですか?」
自分が作業の途中だったことに気づき、申し訳なさそうに言い足した。
「いいのいいの。テーブルは私が拭くから」
キキョウが言った。
「でも、私のお仕事だし……」
キキョウの言葉に戸惑っている。
「グラスはアザミちゃんが洗ってくれてるから、私、やることないのよ」
「そういうこと。やから、な?」
アザミとキキョウが微笑む。
「あ、はいっ」
は掃除道具を取りに、パタパタと奥の部屋へと入っていった。
キキョウはテーブルを拭くために、カウンターの外へ出る。
「ねぇ、アザミちゃん」
「はい?」
グラスを洗いながら応える。
「いい子よね、ちゃんって」
キキョウもテーブルを拭き始める。
「そうですね」
カウンターを挟んで、二人が笑う。
「なにかおもしろい話ですか?」
掃除道具を持って奥から戻ってきたが訊ねる。
「いいえ。違うわよ」
キキョウが答える。
「ちゃんの話してたんやで」
アザミが言う。
「え?私の話ですか?」
「そうや」
アザミが水を止めてグラスを置いた。
「え?どんなこと話してたんですか?」
不安そうにが言った。
「ヒミツや」
アザミはに満面の笑みを向けた。
「そんなぁ。すっごく気になるじゃないですか」
が言う。
「ちょっと、二人とも。手が動いてないわよ?」
「あっ!ごめんなさい!」
キキョウの一言に、ははじかれるように返事をし、モップで床を拭き始める。
「はーい。えらいすんませんでしたぁ」
一方アザミは、特に反省した色も見せずにグラス洗いを再開した。
その時、ドアが開いた。
「ごめんなさい、入店2:30までなんですよ」
顔を上げながらキキョウが言った。
「あ、間に合わへんかった?」
そこにはV6とTOKIOのリーダーが立っていた。
「あら、いらっしゃい」
キキョウが微笑む。
「来るの、遅すぎたかな?」
昌行がばつが悪そうに言う。
「仕方ないわね。特別よ?」
そう言ってキキョウは、カウンターの一番奥の席を指した。
「ホンマにええの?」
茂が言う。
「キキョウさんがええって言うてますから」
アザミが言う。
その言葉に後押しされるように、昌行と茂が店の奥へと足を進める。
「せっかく掃除してたのに、ごめんな?」
昌行がに声をかける。
「い、いえっ」
は自分が声をかけられたことに驚き、そう答えるのが精一杯だった。
「あ、ちゃん」
キキョウが何かを思い出したような口ぶりで言った。
「ホールの掃除終わったら、今日はもう終わって良いわよ」
「え?」
が驚く。
「私も帰ってええんですよね?」
アザミが言う。
「そうね」
キキョウが答えた。
は不思議そうな顔をして立っている。
「この人たち、長時間居座る気だから付き合ってやらなくてもいいわよ」
キキョウが言った。
「さすが、二人ともよう分かってらっしゃる」
茂が笑う。
「深夜の常連さんやから」
アザミが言う。
「なんかそれ、厭味みたいで嫌だなぁ」
昌行が拗ねる。
はあっけにとられてその会話を聞いていた。
「だから、この人たち気にしないでお掃除続けて貰える?」
キキョウがに向かって手を合わせた。
「あ、はい」
いまいち状況が飲み込めないまま、は掃除を再開する。
「それで、あなたたち、何を飲むの?」
キキョウがカウンターの中へ戻りながら訊ねる。
「もう、聞かなくてもわかってるくせにぃ」
昌行が言う。
「あー、はいはい。ビールね。城島くんは?」
キキョウは昌行を適当にあしらい、茂に微笑んだ。
「そやな、せっかく久々に来たんだし、キキョウちゃんの淹れたお茶でも頂こうかな」
茂も微笑み帰す。
「あら嬉しい。じゃぁ、張り切って淹れるわね。何がいい?やっぱり日本茶かしら?」
「キキョウちゃんに任せるよ」
キキョウと茂の会話を面白くなさそうに昌行が見ていた。
「今の何?なんか俺と扱い違わねぇ?」
キキョウはお茶を淹れるために水を沸かし始めた。
「あ、じゃぁ私、ビールやりますね」
アザミが言う。
「えー。キキョウちゃんがやってくれないのー?」
昌行が不満そうに言う。
「お酒は私担当ですから」
何事もないかのようにアザミが答える。
「ちぇっ」
昌行が舌を打つ。
「はい、どうぞ」
昌行の前に、ビールの注がれたグラスが置かれる。
「一人で飲むのつまんねーよ」
隣に座っている茂に悪態をつきはじめる。
「そない言われても、ボクが飲みたいのはお茶なんやから」
茂が助けを求めるようにキキョウを見た。
「仕方ないわね。お店はもう閉めちゃったし、付き合ってあげるわよ」
キキョウが苦笑いをしながら言った。
「マジで!?やった!」
昌行の態度がコロリと変わる。
「もしかして、もうお酒入ってるん?」
アザミが茂に聞く。
「缶ビール2本だけど」
今度はアザミと茂が顔を見合わせて苦笑した。
キキョウは自分でグラスにビールを注いで昌行の前に立った。
「はい、乾杯」
二人のグラスが触れて、カチンと鳴った。
「かんぱーい」
そう叫んで、昌行はビールを一気に飲み干した。
「あーあ……」
茂が思わず声を漏らした。
「次、次くれよ」
昌行がアザミにグラスを渡す。
「はいはい」
アザミはのんびりとした動作で空になったグラスにビールを注ぎ始めた。
「もぅ、坂本くんってば」
そう言ったキキョウが手にしているグラスのビールも、半分以下になっていた。
「ごめんなアザミちゃん。帰ろうとしてたところに」
茂が言う。
「ええんですよ。一応まだ勤務時間内ですし」
時計を見ると、2:50だった。
「ってあと10分やないか」
申し訳なさそうに茂が言う。
「ちゃんも、ごめんな」
「えっ!?」
突然話が振られた事に驚いて、はモップの柄を手から離してしまった。
「ちゃん、今日はもういいわよ。残りはこの人たちが帰った後に私がやっておくから」
キキョウが言う。
「で、でも……」
床に落ちた柄を拾いながらがキキョウを見た。
「ちゃん、たまには一緒に帰らへん?」
アザミが言う。
「そうね。それがいいわ」
キキョウが言う。
「掃除道具、その辺に置いておいてくれたらいいから。帰る支度していらっしゃい。アザミちゃんも」
「そうですね」
アザミは返事をして、昌行の前にグラスを置く。
「飲み過ぎないでくださいよ?」
「はーい」
アザミの言葉に昌行に返してきた言葉は酔っぱらいのそれだった。
「じゃぁ、お先に。ちゃん、行こう?」
「はいっ」
二人はカウンターの奥にある部屋へと入っていった。
その間にキキョウはグラスに二杯目のビールを注いでいた。
「で?今日はどうしたの?」
キキョウが茂に訊く。
「どうって程でもないんやけどな」
「それにしては、じゃない?」
キキョウは昌行を指さす。
「ま、リーダーってポジションは結構色々あるんやって」
そう言って茂が笑う。
「そう?」
キキョウは茶器を並べ始める。
「そーなの!」
ビールを手にした昌行が答える。
「大変なのね」
火を止めて、キキョウは湯で茶器を温め始める。
「そう!大変なの!」
昌行が訴えるようにキキョウに言う。
「何故かしら?私には城島くんの方が大変そうに見えるけど」
キキョウは自分のグラスにビールを注いだ。
「そりゃ、TOKIOのリーダーも大変だろうけどさ」
「大変やでぇ」
しんみりなる二人。
「いや!俺の方が大変だ!うちのが一人多い!」
昌行は自慢するかのように言う。
「確かにそうね」
キキョウは急須に茶葉を入れた。
「なんや、悪いなぁ」
茂が言った。
「何が?」
キキョウは急須に湯を注ぐ。
「なんか、付き合わせてしもうて。さっき追い返してくれても良かったんに」
「あら。私だってたまには飲みたいもの。いい口実が出来て嬉しかったわ」
お茶を淹れながらキキョウが微笑んだ。
傍らに置かれたグラスは既に空になっている。
「それならええんやけど」
「俺と一緒に飲めて嬉しいよなー?」
茂との会話を遮るかのように昌行が言った。
「そうね。嬉しいわよ」
答えながらキキョウは茂にお茶を出す。
「いただきます」
「どうぞ」
茂がお茶を一口飲む。
「おいしー」
茂が柔和な表情になる。
「ありがとう」
キキョウが言う。
「ずるい」
昌行が一言。
「あら。だって、ビールが良かったんじゃないの?」
「だーかーら!キキョウちゃんがビール入れてくれたらいいの!」
そう言って昌行はキキョウにグラスを渡す。
「はいはい、ちょっとまってね」
キキョウは自分と昌行の二つのグラスにビールを注ぐ。
「じゃぁ、お先に失礼しますね」
奥の部屋からアザミとが出てきた。
「おつかれ様」
キキョウが昌行の前にビールを置きながら答えた。
「お疲れ様です」
が返事をする。
「ちょっとまって」
茂が言った。
「な、何ですか?」
がビックリして答える。
「キキョウちゃん、今何杯目?」
「ええと、四杯目かしら」
何事もないかのようにキキョウが答える。
「え?この短時間にそんなに飲んだんですか?」
が驚く。
「さすがですね」
アザミが言う。
「そういえば、ボク、キキョウちゃんが酔った姿見たことないなぁ」
記憶を辿りながら茂が言う。
「私もありませんよ」
アザミがきっぱりという。
「え?ほんま?キキョウちゃん、もしかしてめちゃくちゃ酒強いんちゃうの?」
「強いですよー」
アザミが答える。
「……酒豪?」
が呟く。
「嫌だわ、その言い方」
キキョウが言う。
「女神だよ、女神」
昌行が言った。
「キキョウちゃんは女神様なの」
「あら、いいわね、その響き」
キキョウは少し嬉しそうに言った。
「そうかぁ、キキョウちゃんは酒の女神様かぁ」
茂が納得したようにうなずく。
「あれ?でも、確かお酒の神様って男じゃないですか?」
アザミが言った。
「細かいこと気にせんでもえぇって」
茂が笑う。
「そうですね」
アザミも笑う。
「じゃぁ、私たち、本当にお先に失礼しますね」
アザミとがドアの前に立つ。
「えぇ。気をつけてね」
キキョウが手を振る。
「飲み過ぎないで下さいね」
アザミが言う。
「大丈夫よ。この人は城島くんが連れて行ってくれるから」
キキョウは昌行を指して言った。
「え?ボク、今日もシラフやないとあかんの?」
嫌そうに茂が言う。
「あら?だからお茶を頼んだんじゃなくて?」
キキョウが笑う。
「お疲れ様でしたっ」
が頭を下げる。
「お疲れ様」
キキョウの言葉を聞いて二人は扉を閉めた。